ソウル半日散策 感想文(9月14日) イ・ヒョジュさん

何か意味深いボランティア活動をしたくて探っている間にソウル半日散歩というプログラムを発見して良い機会だと思って申請をしました。そして2013年9月14日、わくわくする心を持って市庁駅で1時に到着しました。普段一人で日本語を少しでも勉強していたために日本人とソウルを散歩するということに対してすごく期待して行きました。日本語を勉強しているるといっても、上手ではなくて意思疎通をしていくのに心配しましたが、日本人の方たちが韓国語上手でよかったという考えと、一方では不思議でした。 

初めて見たところは市庁駅の横にある'ソウル図書館'でした。ソウル特別市庁舎を新しく建てると同時に昔のソウル特別市庁舎は図書館で、建物のをリフォームして一般人に開場されています。ソウル図書館に行ってみたことがあったが実際にソウル図書館を紹介しようとすると言葉がうまく出てこなくて、なんとか説明しました。ソウル図書館で対話をちょっとしながら、ある程度の壁が崩れた時、徳寿宮に渡りました。 

'徳寿宮'は、大韓帝国の正宮として成宗(9代)の兄月山大君の邸宅だった。文禄・慶長の役と植民地時代を通じて焼失、縮小などで多くの建物が消えたが、今は、一部復元されて市民に開放しています。徳寿宮ではちょうど徳寿宮、守門将交代式が行われていました。初めて見る徳寿宮、守門将交代式はとても節度を持って敬虔ていました。徳寿宮、守門将交代式が終わって徳寿宮に入って徳寿宮案内員の方が徳寿宮を紹介してくれてガイドの役割をしてくれました。その間教科書で一番よく見た徳寿宮・石造殿を見たかったんですが、石造殿を工事中だった関係でみれなかったものがたくさんあって残念でした。しかし、高宗皇帝がコーヒーや紅茶を好んで食べたチョングヮンホンは、韓国の建築物とは違って記憶に残りました。彼意外にも映画で初めて見た神機箭と世宗大王の時代、蒋英実が作った自撃漏を実際に見ることが出来てとても良かったです。徳寿宮に初めて行って見て徳寿宮についてどう案内してあげなければならないか分からなかったが、徳寿宮ガイド方のおかげで徳寿宮についてもっとよく知ることができたし、新しい観点が生じたようでした。実は、徳寿宮は高宗皇帝が最後まで居住していたが、亡くなった所なので日本と関連した話がとてもたくさんありました。それで一方では日本と韓国が歴史の見方が異なるためにやや不便でもしました。その後、徳寿宮の隣の徳寿宮の石垣道に沿って、慶熙宮とソウル歴史博物館に行きました。 

'ソウル歴史博物館'では韓国の近現代史から現在までの成長過程と有名な人物、広告、過去の物品等を一目で楽しむことができる博物館です。ソウルの昔の姿と現在の姿を展示していて面白かったです。ソウル歴史博物館の次は慶熙宮に行きました。'慶熙宮'はソウル5大宮殿の中で一番遅く一般に公開され、また規模も最も小さいです。長い距離を歩いて足が痛かったし慶熙宮が上に位置していてスンチョンムンの前に座って休みながらいろんな話をしました。慶熙宮は独特にも砂岩があり、泉がわき出ていました。慶熙宮から光化門(クァンファムン)広場まで歩いて行き,光化門広場で写真も撮って短い時間だったが、光化門広場を見回りました。光化門広場を見回した後、光化門広場で'曹渓寺'という節に移動しました。 

'曹渓寺'は、韓国の仏教最大の宗派の曹渓宗の代表寺院と言います。。ソウルの中心である鐘路に過去と現代が共存する場所に静かな寺があって変わったし良かったです。曹渓寺の中心にある大雄殿は華やかでも古風ました。曹渓寺を見てから出て夕食をしに行きました。夕食のメニューでは鶏が1匹出ました。韓国の料理が口に合うか心配しましたが、美味しかったようでよかったです。夕食をしてから仁寺洞へ歩いて行きました。昼に見る仁寺洞と夜に見る仁寺洞は違った雰囲気が漂っていました。そしてとても残念ですが、仁寺洞でお別れをしました。